ワールド・ソーラー・チャレンジ 2011
冒険の大陸
オーストラリアで2年に1度開かれる世界最大のソーラーカーレースに自作のクルマで挑戦する沖縄の工業高校生チームがあった。
当時、沖縄でクルマ造りに関わっていた僕は、周囲を口説きサポートスタッフとして参加した。
広大なオーストラリア大陸を北から南へ一直線に、6日間で3,000キロを走破するワールド・ソーラー・チャレンジ(WSC)というレース。これはもう聞いただけでゾクゾクする。
競うのはボディ上面にソーラーパネルを敷き詰めた小さな電気自動車で、ゴキブリによく似た姿をしている。どんな姿勢でドライバーが乗るのかと疑うマッチ箱のような運転席で、モーターの出力を調整しながらバッテリー消費をケチって3,000キロ走るというのは相当な苦行である。高校生たちは運転できないのでメカニックに専従して、チーム監督の高校教諭、高校OB、そして我社の社長の3人が交代でドライブする。
チーム編成には様々なルールがあって、レースカーの前後をサポートカーが挟んでガードする。前車をリード、後車をチェイスと呼ぶ。僕はこのチェイスカーを担当したが、人手不足のため全行程3,000キロをひとりで運転することになった。
他にも、いつでもレースカーを回収・運搬できるようにパネルトラックがチェイスカーの後ろに続き、隊列の最後尾にはケータリングなどの支援で参加した父兄を乗せたレンタルキャンピングカーがいた。さらに、周囲の状況を探って無線連絡を入れてくる遊撃車・スカウトと、番組制作のために沖縄から同行したTVクルーが撮影車で前に後ろに走り回る。総勢6台、およそ20名のキャラバンだ。
レースは北部の町ダーウィンをスタートして南岸のアデレードまで、荒野の中にひたすら続くスチュアート・ハイウェイと呼ばれる片側1車線の公道上で争われる。早くゴールしたもの勝ちのタイムレースだ。世界各国の大学に混じって日本からは東海大学と芦屋大学がエントリーしていたが、高校生チームというのは我々だけである。
10月のオーストラリアは季節としては春。普通なら乾燥した砂漠地帯を行くはずが、この年は雨が降ったり、山火事が発生したり、太陽頼みのソーラーカーには想定外の厳しいレースになった。
さらに、日本では考えられないようなものが走るスチュアートハイウェイは終始驚きと緊張の連続だった。