クールダウン
復帰の備え
レースを終えても重たい体に鞭打って、するべき事がたくさん残っていた。
機材の整理・梱包、日本への再輸送手続きなどをアデレードの港で黙々と済ませてから、最後の滞在地ゴールドコーストへ国内航空便で移動する。そこで数日の休暇を過ごしてから帰国することにしていた。
日本を出てから半月が過ぎていて、気持ちと体を整えないと仕事に戻れなくなる。
オーストラリア東海岸のゴールドコーストには遊びの道具しかない、何から何までが典型的なマリーンリゾートだ。クルマには乗りたくない僕たちは目的を持たずに町を歩き、ビーチで呆けて時間を過ごした。ジョギング以外では小走りする人さえいないし、ビジネスマンを思わせる風体の人も全く見当たらない。ボーっとするしかやることがないことに困惑も違和感も無く、時間はゆっくりと流れていった。
今思い出しても、オンとオフをあれほどはっきり体験したことはない。これまでに25の国々を旅してきたけれどオーストラリアというのは、そのどの国とも違っていた。人々は相当に寛容で、どんな現実も前向きに受け入れて人生を楽しんでいるように見えた。少なくとも僕の見てきた人々はそうだった。レースという全くの非日常行為だけで関わったからだとは思うが。
食事の時は唾を飛ばして喋りまくるけれど、半月間に亘ってシリアスな口論は記憶にない。
マリンリゾートでの食事はエアコンの効いた屋内で快適そのものだが、砂漠では大量の蠅にたかられた。ステーキバーガーを頬張る口元ばかりか、水分を求めて目にも鼻にも集まってくる。いくら追い払ってもキリがなく、止む無く ’フライ‘ バーガーとして食べたハエの数は少なくないと思われる。
観光クルーズの船頭が、空に手を伸ばして鳥を呼んでいる。
集まってくる海鳥を見ながら砂漠での日々を思い出していた。