房総半島から徒然ブログ

住みにくい世の中を出来れば笑って暮らしたい、寛容でおヒマなかたのみ歓迎の気まぐれブログです。

YS-11と四畳半

昭和の運び屋

大学時代を部活とアルバイトで過ごした。
授業の記憶は殆ど無い。
経験したアルバイトの数は両手両足の指でも足りない。
所有していたクルマとバイクを維持するために高収入が絶対条件だったので、職種は土方、地下鉄工事、長距離トラック助手、沖仲士などのきつい仕事に偏ったが、運転好き旅好きの性分に一番合致して続いたのが陸送屋だった。中古自動車を夜間に自走して地方都市まで運ぶには、面倒な会話や接客などが不要であり、ひたすら自分だけの空間に閉じこもって自動車販売店に車を届ければ良いという、僕にとってはある意味夢のような仕事だった。

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山形県天童市 遠景

所属した横浜のマツダ系ディーラーでの陸送は東北地方が殆どで山形、宮城、岩手へ、運ぶのもまともなクルマばかりの紳士な仕事だったが、仕事が足りないときは怪しい個人ブローカーの運び屋もやった。こちらは、修理すればボロが隠れて値が付くような車ばかりを選んで安く買い叩き利ザヤを稼ごうという商売で、そのポンコツを地方まで無事届けるのに苦労した。
まずタコ部屋のような四畳半での雑魚寝待機から始まる。スキンヘッドのブローカー親父に早朝起こされ、4人の陸送ドライバーが親父の車で横浜周辺の中古車展示場を回る。顧客から依頼されているらしき手頃なポンコツ車を見つけると腹巻から現金を取り出し、過激な値引き交渉の末即金買取、ドライバーはその場で親父に行き先を指示され、一人また一人と地方納車に散って行く。
ある日、セルモーターが回らない車を任された。エンストしたら押し掛けするしかない、しかも宮城まで走るにはガソリンがギリギリだった。どうしてくれようかと考えた。まず、仮眠をとる時は下り坂で駐車してエンジンを切り、目が覚めたら押し掛けで出発。燃料が怪しくなった峠道では下り坂をニュートラルで転がす危ないエコ運転で乗り切った。東北自動車道など影もなく、あっても勿論使わないが、道もクルマも、どこかのんびりとした時代だったなあと思う。

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そんな学生陸送屋だったが、帰路には少しの贅沢が待っていた。
航空会社には若者向けにスカイメイトという制度が用意されていたので、納車先の近くに飛行場があれば必ずこの特典を使った。料金半額なので鉄道で戻るのとそう変わらない。
ある時、山形県天童市への陸送を請け負った。天童といえば国道13号線を少し北上すれば東根市、そこには山形空港がある。美味しい仕事だった。朝一番で納車を済ませた僕はバスで初めての山形空港に向かい羽田行きの便に席が取れた。当時の山形空港には国産双発ターボプロップYS-11が就航していた。今のような搭乗ゲートなどなく、駐機場まで歩くとタラップの上でスチュワーデスさんが笑顔で待っている。

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その飛行機に近づくとタラップ下で待っていた背広姿の男4人に囲まれ、声をかけられた。
「ちょっといいかな」
『何ですか』
「こういうもんだけどね」 と警察手帳を出す。
「ちょっと、あんたのそのバック、ナカ見せて欲しいんだ。それと身体検査ね。」
調べられたバックにはナンバープレート、ドライバー、スパナなど、搭乗に不似合いの道具がぎっしり。
「何これ、あんた何」
『何って、陸送屋です』
「陸送屋? 学生の? どこから? そんで飛行機で帰る? はあーっ」
『余計なお世話でしょ。早く戻って授業に出なきゃ(嘘)』
「行ってよし」
プロペラを回して待っているYS-11のタラップで困った顔のスチュワーデスさんに迎えられて機内に入ると、一部始終を窓越しに観察していたらしく、乗客の白い視線が一斉に飛んできた。
(学生のくせに飛行機か、出発を遅らせやがって、迷惑な)
どの顔にもそう書いてあった。

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スチュワーデスさんによるとどうやら僕は設置したばかりの金属探知機に盛大に引っかかったとのことだが、今とは違い探知機がどこにあったのか分からなかった。改めて自分の格好を振り返って見れば、金物だらけのバッグを下げ、長髪に擦れたGパン、くたびれたジャンパー。どう見ても火炎瓶か手製爆弾を抱えた学生運動家の風体であった。
そういえば、僕の昔の上司はハイジャックされた日航よど号」に乗っていたという稀有な体験の持ち主だった。機内では全員紐で手を縛られたそうだが、結び方がいい加減だったので上司の紐が解けてしまった。自分で解いて何か企んでいると疑われるのを恐れた上司は、「ハイっ!」と手を挙げて自然に解けたことをハイジャッカーに申告し、事なきを得たとか。
飛行機の旅というのは時に、タコ部屋四畳半より居心地が悪いことがある。