房総半島から徒然ブログ

住みにくい世の中を出来れば笑って暮らしたい、寛容でおヒマなかたのみ歓迎の気まぐれブログです。

金髪にご用心 初めてのヨーロッパ 

エーデルワイスコンシェルジュ

夜行寝台列車エーデルワイス号は定刻の17:10にローマ・テルミニ駅を出発した。列車の行き先が何処だったか覚えがない、ドイツかベルギーかオランダか。どちらにしろ翌朝の08:04にルクセンブルクで下車する。予定通りなら15時間の鉄道旅だ。
無事個室寝台に収まった僕たちはようやく落ち着いて、初めての国際列車の旅に想像を膨らませた。まず、鉄道で国境を超えるとはどういう段取りなのだろう。ビザは不要だがパスポートチェックは?全員降ろされて身体検査?それは映画の見過ぎか。
昔、香港から九龍鉄道で中国に入った時の事を思い出した。駅には中国兵がいて、暗く簡素な建物に通され、パスポートは見ないのにバックの中身は興味津々で調べられ、セブンスターの包装が気になったのか、これはなんだ、麻薬じゃないだろうなと言うので、日本のたばこだよ、何なら置いていこうかと言うが早いか、サッとポケットにしまって、行って良しと手で追い払う。
ここヨーロッパはどうか。ベルリンの壁崩壊からまだ3年しか経っていない。フリーマントルの小説を思い出し、映画を見て憧れた東西ベルリンの関所、チェックポイント・アルファA、ブラボーB、そして有名なチャーリーC。あれほどドラマチックではないにしても、鉄道でも何かあるのではと期待した。
自由主義圏の国境通過とはどんなものか。

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妄想のうちに日も落ちて、車窓の景色にも飽きたころ、車掌とは別の男が廻って来た。
列車の旅客サービス係だという。ほう、ちゃんとコンシェルジュがいるのか。
まだ若い、ブラッドピットを軽薄にしたような金髪の男で少々チャラい印象が気になる。丁度いいので国境通過の段取りを聞いてみた。
すると、スイス国境超えが深夜になる、皆さんを起こすのは面倒なので私がパスポートを預かって一括手続きする、預かるために各室を回っているところだ、という。
ふーん、そんなものなのか。しかしパスポートを預けるにはそのニヤついた顔がちょと気になるが。どうする、と妻を振り向くと、瞳にハートマークが出ている。だめだこりゃ。
さらに、フランは持ってるのか、と聞くので。
「リラしかなくて、両替をどうするか考えていたところだ。」
「じゃそれもやってあげる。」
パスポートを預けるなら少額両替も頼んでもいいか。
まだEUもユーロもなく各国通貨の両替が必要な時代だった、面倒な作業は出来るだけ避けたい。
ということで頼ることにしたのが、小さな騒動の始まりだった。

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深夜の両替商

列車の旅、それも夜行というのは案外することがない。
窓外は暗いだけで見る物もなく、ウトウトするうちに夜は更けていった。
とある駅で、停車した列車から降りる人影がある。コンシェルジュのブラピ君だった。暗いホームの中ほどで別の人影と何か話しながら手渡し、受け取っているのは札のように見える。スイス国境にもまだ時間があるはずだが、こんなところで両替か、我々の分かな、怪しい両替屋だな、くらいにしか考えなかった。それ以外にはさしたるドラマもなく、一眠りしようとベッドに潜り込んだまま寝過ごし、国境通過も知らずに朝を迎えた。
ルクセンブルクが近づき、下車準備をするがブラピがなかなか姿を見せない。イライラし始めた絶妙のタイミングで現れると、すぐ到着だからと急かせながら我々のパスポートとベルギーフラン紙幣を渡してよこす。背を押されるようにホームに降りた我々に「ボンボヤージュ」とか言いながら女殺しの笑みを投げて車内に消えた。
残されたホームでパスポートと紙幣を確認する。パスポートに問題は無いが紙幣はどうか。初めて見るフラン紙幣は日本の札に比べるとグッと安っぽく、しかしリラ札のようにくたびれてはいないので子供銀行の券に見えなくもない。
一応頭に入れていた為替レートで、ブラピに渡したリラを日本円に換算し、それをベルギーフランに換算し手元の札を勘定する。2度、3度計算する。計算が合わない。
ここで気が付いた。客を選んでの為替ちょろまかしがブラピのアルバイトだったようだ。パスポート預かりは乗客サービスに見せかけの重みをつけるためか。
フラン紙幣のほうは駅で待っていてくれた友人に見てもらった、「本物だよ、多分。」

エーデルワイス号の金髪コンシェルジュにはくれぐれもご用心を。


ー つづく ー